コーヒーのある日常 #1「私の文字」with Cottea No.260

みなさんは、どんなときにコーヒーを飲みますか?

朝ごはんと共に、オフィスで仕事をしながら、大切な人と楽しい時間を過ごしながら、、、

Cotteaのブレンドに様々な味があるように、私たちがコーヒーを飲む場面も十人十色。

 

この「コーヒーのある日常」では、コーヒーにちなんだショートストーリーを連載していきます。

数分あれば読める短い物語です。是非、お楽しみください。

 

 

コーヒーのある日常 #1「私の文字」

 

 

時々、私は、自分の書く綺麗な字が無性に許せなくなる。

 

夜10時30分。小さな塾の教務室に、一人、私は座っていた。机の上にはコーヒーの入ったマグカップと、作文が書かれたたくさんの原稿用紙。普段、ここはエネギッシュな子供たちの声に満ちている。そのせいか、誰もいない時間は、沈黙が何十倍にも感じられた。

私は、総勢5人の小さな塾の副教室長だった。副教室長といっても、やることは、今日のように教室長が休みのときに、最後まで残って鍵をかけるだけなのだが。

 

皆帰ってしまったので、残っている必要は無い。しかし、作文の添削を今日中に片付けてしまいたかったので、コーヒーを飲みながら赤ペンを走らせる。

原稿用紙に書かれた文字の形は、一人ひとり、全く違っていた。

マス目をはみ出すほど勢いのいい物もあれば、紙を破かんばかりに筆圧がかかっているもの、自信がなさそうなものもある。これを見るたびに、子供達にも個性があるのだな、と、思う。そして、その文字の個性は、たいてい実際の子供の性格と面白いくらい重なるのだ。

私は、そんな個性豊かな原稿用紙の横に、赤文字のコメントをつけていく。綺麗に整った、決して形を崩す事は無い文字で。

 

私の両親はとてもまじめな教師だった。

そのせいか、学校の宿題はしっかりやるように教えられたし、成績に関しても厳しかった。門限も破る事は絶対に許されなかったし、家のテレビはニュースばかりついていていた。そのような環境で育てられた私は、ユーモアのセンスの欠片も持ち合わせてはおらず、突飛な事は絶対にできなかった。

だから、昔、私は、学校で元気そうにはしゃいで先生から注意されているクラスメイトがうらやましかった。し、今も、塾で騒がしそうに日々を謳歌している子供がうらやましかったりする。

 

何枚目終わっただろうか。私は一度添削の手を止め、コーヒーを一口すすった。コーヒーの黒い液面には蛍光灯が映っていた。真っ黒な空間に、ポツリ、ポツリ、と存在する光。夜遅くに蛍光灯が点いているこの教室も、外から見たら、こんな感じなのだろうか。

 

そんな事をぼんやりと考えていたとき、入り口のドアが勢い良く開く音が聞こえた。

驚いて顔を上げると、そこには息を切らせて肩で息をしている少年がいた。

「ハヤト君、どうしたの?」

「忘れものして、明日学校に持って行かなきゃ行けないプリント」

ハヤト君は、近所の小学校に通う、4年生の子供だ。宿題忘れの常習犯で、教室では友達とよくはしゃぎ、私を含め色々な先生によく怒られている。

「もう、遅いよ?」

「明日持ってかないと絶対やべーの。ねえ、見なかった?」

私は、ハヤト君を教務室に待たせて、最後に授業をした教室へ向かった。

ハヤト君の定位置。前から三番目の右端の机の中には、何枚かプリントが挟まった無色のクリアファイルがあった。一番上には学校の宿題らしき漢字のプリントが見えた。そこでは、ハヤト君の分身である汚い字がはしゃいでいた。

 

 

教務室に戻ると、ハヤト君は机の上を見つめていた。私は、添削中の作文を放置したことを「しまった」と思った。しかし、よく見るとハヤト君の視線が注がれていたのは、原稿用紙ではなく、私のマグカップだった。

なんでそんな物を凝視しているのだろう。と、不思議に思っていると、ハヤト君は私の存在に気づいて視線を上げた。

「あった?」

「これ?」

私がファイルを見せる、と、ハヤト君は「それ!あっぶねー!」と言って、急いでファイルを私の手からサッと取った。

「良かったわね。じゃあ、さようなら」

「うん……」

と、言いつつも、ハヤト君は帰ろうとしなかった。

「どうしたの?」

「……」

「ハヤト君?」

ハヤトは少しもじもじしていていたが、やがて、ぱっと私の方を見て

「あのさ、どうやったら先生みたいになれる?」と言った。

「え?どういうこと?」

ハヤト君の文脈を欠いた質問に私は首をかしげる。

「なんかさ、俺、いっつもうっせーじゃん。けど、なんか、落ち着いた人になりたくて」

「なんで?」

「いや、なんでも」

ハヤト君は、もごもごと答える。

私は知っていた。ハヤト君は、前から二番目の右端の席、つまり、前の席に座っているルリちゃんのことが気になっているのだ。

ルリちゃんは、落ち着いた、おとなしい子だった。

「先生ってさ、なんか大人じゃん。まじめで落ち着いてて、字も綺麗だし、コーヒーいっつも飲んでるし。すごいなって思ってて」

照れながら言うハヤト君を見て、私もなんだか恥ずかしくなった。

「だから、これ、飲んでみてもいい?」

「え?」ハヤト君の視線は、再びコーヒーに落ちた。

どうやら、コーヒーを飲めば大人になれると思っているらしい。

私は、苦笑して「いいよ」と答える。

ハヤト君はカップを取って、一口飲んだ。まるで部活の休憩時間にスポーツドリンクを飲むように、勢い良く。

「一気に飲んだら苦いよ」

苦いコーヒーが好きな私は、お気に入りのお店で一番苦いブレンドの豆をいつも買っていた。

カップを置いたハヤト君は、何も言わずに黒い液面をじっと見つめている。

「電気が映ってる」

「味は?」

「うん」

口を一文字に結んで、顔をしかめるのを我慢している様子がおかしかった。

私は、笑いをこらえるために、立ち上がった。

「さ、そろそろ帰りなさい。お家の人も心配するから」

「うん、じゃあね、先生」

ハヤト君は帰って行った。

 

私は、再び静かになった教務室でコーヒーをすする。

コーヒーの「大人の」味が口の中に広がった。

「落ち着いた大人、ね」

私はぽつりとつぶやいて、添削を再開した。

 

個性豊かな原稿用紙の上に、私の文字が並んでいく。

 

 

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